07年1月22日(月)
鶴見俊輔さんと憲法・平和対談2007
●亀岡市議選5人全員当選 昨夜23:30、待ちに待った亀岡市議選全員当選とのニュースがとびこんできました。よかった〜! 定数2減(26)のもとで、議席占有率を伸ばし19.23%(前回17.86%)へ。やったぁ!!2007年さい先良いスタートです。亀岡・口丹地区のみなさんお疲れさまでした。
●「これいいね」と9条バッヂを鶴見俊輔さん 哲学者で「九条の会」呼びかけ人である鶴見俊輔さんを訪ね、西山とき子前参院議員、渡辺和俊府委員長とともに懇談しました。
鶴見さんは1922年6月生まれで、日本共産党の誕生とは1ヶ月ちがい。「共産党は84年間、日本の戦争に一貫して反対した」と鶴見さん。「私はマルクス主義者じゃないが、その一点でずうっと共産党に投票してきたんだ」とおっしゃいます。
戦前の共産党を「北斗七星」に例えた鶴見さんの言葉(『現代日本の思想』)がずいぶん有名なので、私が「どうやって当時の共産党を知見していたのですか」と尋ねたところ、「この話は誰にもしたことがないんだが…」と、実は鶴見さんの母方のいとこが戦前の日本共産党員であった佐野セキ――後、ソ連からヨーロッパ、メキシコに渡って「メキシコ演劇の父」といわれた――であり、母親らがセキを支援していたエピソードを初めて聞かせていただきました。
私や西山さんが胸につけていた「九条バッジ」を「これいいね。1つちょうだい。はい100円」と鶴見さん。首相が「改憲」を叫ぶもとでも「九条の会」が大きく広がっていることや、今朝の『しんぶん赤旗』にイラク派兵の現職自衛官幹部が「犠牲者ゼロは九条のおかげ」と発言したと報じられていることに、「あれはすごいね」と注目されている様子でした。
鶴見「あの時代に、僕は運よく『殺さない人生』を送ってこれた」
成宮「改憲が叫ばれるいま、母親として、どの子も『殺さない、殺されない人生』を送れる世の中を守りぬくという、歴史のなかで大きな仕事に立ち向かっていると感じます」
…詳しくは、『京都民報』2/4付をお楽しみに!
しかし今日は、風邪がだんだん悪くなって、夕方からの丹後行きをキャンセル。スミマセン。娘のリリコも風邪で保育園お休みです〜。